神戸市東灘区の心療内科、うおざき駅前心療クリニックです。神戸市東灘区から精神科専門医が最近の知見について調べた結果をご報告します。
高齢の方だけでなく、ベンゾジアゼピン系の内服薬はできるだけ避けるのがセオリーですし、依存という観点からはよく問題視される薬でもあり、当院でもできるだけ処方を避けていますが、認知機能に対してどれだけ問題があるのかは実感としてはっきりしません。特に、患者さんから、「睡眠薬を飲むと認知症になるんでしょう?」と言われることがしばしばあります。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は抗不安作用もあるため、不安が和らぎますが、それはぼーっとするから不安を感じにくいというものだと考えられます。ぼーっとして思考が鈍るためにその間は認知機能が低下したように感じられる。だが、薬効がなくなれば思考は元に戻るため、認知機能が低下したように感じられてもそれは内服している間だけであり、永続的な効果があるわけではないと理解しています。この薬はお酒に例えられるため、それに準じて考えてみると分かりやすいかもしれません。ただ飲酒に関しては認知症の危険因子ではあるため、そういう点ではベンゾジアゼピン系睡眠薬を飲み続ける事が認知症のリスクになると言われても納得ではあります。
認知症ではBPSDとして徘徊、睡眠障害、暴言や暴行など様々な精神症状が現れる場合があり、家族や介護者の負担は著しく、病院の医師にとっても対応の難しい問題です。なんの副作用もない薬物ですぐに穏やかになってもらえれば対応も容易いのですが、そんな都合の良い薬剤はなく、支援者への負担は軽減されたとしても患者さん本人の健康には何かしらのリスクを伴います。最もよく使われる薬剤は抗認知症薬ですが、それほど種類が多いわけではなく、特に鎮静が必要な場面では一種類しか選択肢がありません。その次が抗精神病薬です。抗精神病薬でも効果不十分な場面はそれほど多くありませんが、代謝系の問題などがある場面にはベンゾジアゼピン系の薬剤も使用する場面があるかもしれせん。ですが、ベンゾジアゼピンは転倒のリスクを上げます。転倒して骨折し入院ともなれば、せん妄のリスクも上がり、認知症が進行してしまう、という負のスパイラルに陥る可能性があります。
タイトル的にベンゾジアゼピンの問題点を指摘してくれそうな報告があったので読んでみました。少し古い2017年の報告です。
認知症患者にベンゾジアゼピンを投与する害
Rochon, Paula A., Nicholas Vozoris, and Sudeep S. Gill. “The harms of benzodiazepines for patients with dementia.” CMAJ 189.14 (2017): E517-E518.
フィンランドの行政データを調査したものです。Taipale氏がベンゾジアゼピンを含む関連薬剤(ゾピクロンやゾルピデムを含むいわゆるZ薬)の問題について調べています。上記の通り、認知症患者さんに使用するには優先度のかなり低い薬ではありますが、海外では認知症の精神症状の緩和目的に使用されているそうです。カナダのデータによると、ベンゾジアゼピンの使用率は15%であり、長期ケア施設では80歳以上の少なくとも半数が認知症を抱えているにもかかわらず、ベンゾジアゼピンの使用率は30%を超えるとの事です。最近の研究では、特にベンゾジアゼピンや他の睡眠薬について、女性が男性よりも処方を受ける事が多く、入院後の高齢者の1%以上でベンゾジアゼピンが慢性的に処方されているそうです。高齢者にはできれば処方を避けたい薬なので、1%という割合には納得です。
著者らは、ベンゾジアゼピン系薬の使用によって、入院または死亡に至るような重度の肺炎の発症リスクがわずかに増加すると報告しています(調整HR 1.22、95%CI 1.05〜1.42)。肺炎のリスクは、薬剤使用開始から最初の30日以内に最も高く、ベンゾジアゼピンとZ薬の併用は、統計的に有意な肺炎リスクの増加と関連していましたが、Z薬単独では関連していませんでした(調整HR 1.10、95%CI 0.84〜1.44)
肺炎は、特に重度の認知症患者ではしばしば起こります。ベンゾジアゼピンの鎮静作用によって低換気となり、下部食道括約筋の圧力を低下させ逆流と誤嚥を引き起こすことで肺炎を引き起こします。慢性閉塞性肺疾患でも肺炎リスクを上げると報告されています。
感想
結局ベンゾジアゼピンが認知機能を低下させると記載していたものの、理由までは記載されていませんでした。当たり前といえば当たり前なのですが、誤嚥性肺炎のリスクは上がるとのこと。ただ、そのリスクが倍になるなどはないようで、リスクの上昇効果はわずかな印象です。臨床的にも誤嚥性肺炎のリスクが高くなる実感はあるとはいえ、過鎮静になることが問題であって、ベンゾジアゼピンだから悪いという印象はそこまで強くはありません。また、この報告はあくまで後方視で調べたものです。そのため、認知症やBPSDが重篤で他の内服薬では言動の調整が困難であるため、やむを得ずベンゾジアゼピン薬を使用している、という状態を捉えてベンゾジアゼピンと肺炎の関連があったとしている可能性も考えられます。いずれにせよベンゾジアゼピンが健常者の方を認知症にしてしまうという確信は得られませんでした。