神戸市東灘区の心療内科、うおざき駅前心療クリニックです。最近、ブレクスピプラゾールへの適応追加が承認された、との知らせが挙がっています。9月には正式承認される見通しなのだとか。ブレクスピプラゾールは元々は統合失調症の薬です。部分アゴニストであるアリピプラゾールに似た作用で、なおかつセロトニン受容体にも遮断もしくは部分アゴニストとして働くという薬物プロファイルの薬です。作用機序を説明してもなんとも・・・といった感想にしかなりにくいのですが、印象的にはトータルに捉えて副作用が少なく使いやすい、比較的新しい部類に入る薬剤です。最近抗うつ薬の増強にも使用できると適応が広がった薬でもあります。認知症の攻撃性に対する効果が追加されれば、実質的にいえば、認知症のBPSDに対して使用が認められる国内初の治療薬ということになります。
え、でもドネペジルとかメマンチンという薬を認知症の方は飲んでいるけど?と思われるかもしれませんが、それは認知症の進行を抑制するお薬です。既に落ちた認知機能を回復させるわけではありませんが、これ以上認知機能が落ちることを防ぐお薬であって、言動が激しくなってしまった認知症患者さんのふるまいを改善する効果はありません。このように、既に進行してしまった認知症の方で、認知機能が落ちたために併発してしまった被害妄想や易怒性に対する治療の選択肢はいままでなく、適応外使用として抗精神病薬を使用せざるを得ない状況でした。認知症の方に対する適切な対応を獲得するという工夫やパーソン・センタード・ケアなどの考え方で工夫をすることで、対応がしやすくなることはもちろんあります。ただしそれだけでは上手くいかない方も一定数おられます。支援者に対する暴言・暴力が断続的に続き、暴力により支援者が怪我をするなど危険な状態になったり、逆に追い詰められた支援者が認知症の本人に手を挙げてしまいそうになる、などの状況もありえます。そういった状況を回避するためには、認知症患者さんを介護の施設に入所してもらうことで家族と一定の距離を保つことも有効な方法です。しかし認知機能の低下のため施設入所ということも理解できず、施設に行くなり更にパニックになったりせん妄に陥ったり不安が高じたりで被害妄想が増悪し、徘徊や易怒性、暴言・暴力が悪化することすらあります。そうなると施設には入所が叶わず、精神科病院への入院も検討せねばなりません。
では、精神科病院で何をするのか? そういった患者さんが施設入所して頂くには少なくとも支援者の支援を受け入れてもらえる程度には穏やかになってもらう必要があります。しかし認知症の治療薬は先程の説明の通り「進行を抑制する」薬剤のみです。穏やかになってもらうためには、悪化してしまった行動の激しさを抑える事が必要です。なかなか苛立ちのみを改善する事は困難ですが、抗精神病薬であれば精神運動を全体的、あるいは局所的に抑えることで患者さんの激しい行動に一定のブレーキをかけることができます。認知機能を改善させられるわけではないのですが、精神科病院は、抗精神病薬の使用に長けている病院であり、また患者さんの人権に配慮した上で患者さんの安全を守るための行動制限などを行う事が可能であり、安全に治療が行えるという点で優れています。その一方で内科的な治療は困難である点は不利な点です。
話題が精神科病院の利点・欠点に移ってしまいましたが、認知機能がすでにかなり低下して行動面で激しくなってしまっている方に対しては精神科病院による治療が有効になりえます。これまではこういった患者さんへの抗精神病薬の使用は全て適応外使用でした。もしこの薬物を使わずに入院治療を行って下さいとなると、自宅でご家族が受けていたような困難を病院の職員が丸ごと受けねばなりません。事務の方や看護師や医師など病院の職員も人間です。被介護者に罵詈雑言を浴びせ続けられ、それがずっと改善の兆しなく続くとなると職員の精神が崩壊します。病院の職員が1人減り2人減り、離職者が続出し最終的には業務継続が不可能となるでしょう。そこまでいかないとしても当の患者さんが何も変わらず、本人もしくは周囲の方が危険にさらされ続けるのであれば、行動制限をかけざるを得なくなります。それはそれでDVTのリスクもありますし、患者さんの処遇を改善する事が難しくなり、結果ずっと精神科病院で過ごすことになりえます。それでは誰も幸せになれません。
以前認知症治療薬の新薬について述べた時にはどちらかといえば否定的な姿勢だったかと思いますが、ブレクスピプラゾールについてはかなり期待しています。本薬が認知症のアジテーションに適応を取ってくれると、精神科に限らずともあらゆる病院の医師が認知症の方に安心して処方しやすい薬剤ということになり、一般病棟で内科などの疾患の入院治療を行っていて、認知症を併存症として持っている患者さんにとっても、自宅介護を頑張る家族にとっても治療選択肢の幅が広がり、より介護がしやすい社会になるかもしれません。当クリニックで認知症の方に対して処方する機会は少ないかもしれませんが、実臨床においては広く使用実績のある薬であり、すでに内服している認知症患者さんも多くいらっしゃることでしょうから、治療そのものが根本から変わる!!といえるような大きな変化ではないものの、精神科医としてはとても画期的な事で、この申請がスムーズに進むことを祈ります。以上、神戸市東灘区の心療内科から、日本初のBPSDの治療薬ブレクスピプラゾールについてのご報告でした。