神戸市東灘区の心療内科、うおざき駅前心療クリニックです。ベルソムラ、デエビゴと同じカテゴリーの睡眠薬である、ダリドレキサントが第三相試験に入ったそうです。この薬は既に、米国、カナダ、EU、スイス、英国で成人の不眠症治療薬として承認されており、日本でも販売承認申請が行われています。オレキシン受容体拮抗薬は睡眠障害の患者さんに対して当院でもよく処方します。依存性が少なく、ほぼ純粋な睡眠薬ですし、身体面では重篤な副作用が少ないため、おそらく多くの医師が睡眠薬の第一選択薬にこれを使うのではないかと思いますが、思った以上に悪夢が多く、悪夢によって結果的に良い睡眠にならないという点から、結局はベンゾジアゼピン系に変薬せざるを得ない場面にでくわすことは多いです。悪夢を見るけど、身体には良い薬なのでこの薬を続けましょう、というのは医学的には正しいかもしれませんが、自分なら悪夢を見るくらいなら使いたくないと考えてしまいます。いい夢を見られる睡眠薬が開発されれば一番いいのですが、それはそれでまた別の問題が生じそうです。また、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は依存性について目の敵にされるキライはありますが、一度内服したら二度と手放せない、とまではいかない薬ですし、悪夢に関してはオレキシン受容体に比べて出にくい印象なので、おそらく患者さんウケという点ではこちらに軍配があがり、クリニックでは処方の敷居が低いだろうとも思えます。というわけで、個人的には新しいオレキシン受容体拮抗薬には悪夢の軽減を期待するのですが、果たしてどのような見通しでしょうか。
ダリドレキサントは依存性が極めて少なく、治療中止後のリバウンドや離脱症状も認めなかったそうです。また、翌朝の眠気を増加させることなく、日中の機能も改善されることが示されています。ですが、おそらくその点はデエビゴもベルソムラも大差ないのではないかと推測されます。
問題は副作用です。傾眠が最も一般的な有害事象で、ダリドレキサント50 mg群で最も頻繁に報告されました(50 mg群6.8%、25 mg群3.7%、プラセボ群1.8%)。全ての重症度では軽度だったそうです。発熱もあったようですが、COVID19ワクチンによる発熱だったそうなので、ダリドレキサントによるものではなさそうです。また、めまいを自覚された方もいたようですが、悪夢については全く触れてもいませんでした。逆に過度の日中の眠気に関連するナルコレプシー様症状、カタプレキシー、幻覚や睡眠麻痺を含む複雑な睡眠行動事象、および自殺/自傷行為などの重篤な問題についてはきちんと評価されています。睡眠麻痺は一例あったそうですが、軽度ですぐに改善したとのこと。重篤な問題がなく、使いやすい薬剤のようなのでそこは評価される点だと思いますが、オレキシン受容体拮抗薬の宿命らしき悪夢について知りたいのですが、そこについては分からない報告でした。
という訳でダリドレキサントの悪夢について分かりそうな報告についても調べてみました。
二重オレキシン受容体拮抗薬は日本では単にオレキシン受容体拮抗薬と呼ばれる事が多い気がします。ダリドレキサントは最初にヨーロッパで発売されたそうです。現在では上記の通り米国でも承認済みで、米国では米国食品医薬品安全局(U.S. Food and Drug Administration; FDA)が提供しているFDA Adverse Events Reporting System (FAERS)というものがあり、そこで薬剤の副作用などが報告されているそうです。そのデータを調べたものがこの報告とのこと。アメリカのデータなので、日本にそのまま適応できるわけではありませんが、内容を見ていきます。
ダリドレキサントは他のオレキシン受容体拮抗薬と比較して、速く吸収され、半減期がより短い(8時間)ことが特徴です。これにより、夜間睡眠を他のオレキシン受容体拮抗薬と同等レベルに維持しながら、翌朝の眠気をさらに軽減できるはずです。市販前段階では、ダリドレキサントは全体的に安全性が高いと予想され、最も頻繁に観察された有害薬物反応(ADR)は頭痛、傾眠、めまいでした。他のオレキシン受容体拮抗薬よりは死亡や入院などの重篤な有害薬物反応(要するに副作用)の頻度は少ないようです。
ただこのデータは医療者が報告したものではなく、8割方は消費者による報告のようで、医療従事者による報告は15%程度とのこと。要するにお客様アンケート的な要素も多分に含んだ副作用報告のようです。とはいえ結局は患者さんが感じた症状が問題になるわけなので、お客様アンケートの方が実態に近いかもしれません。事象の頻度については信頼できそうですが、その事象が本当にダリドレキサントによるものか?といった因果関係についてはある程度慎重に考える必要はありそうです。
結果としては、睡眠障害および睡眠妨害(n = 326, 38%)で、最も頻繁に関連する基本語(PT)は悪夢(n = 146, 17.3%)、不眠症(n = 80; 9.5%)、異常な夢(n = 64; 7.6%)、夢遊病(n = 18, 2.1%)、中途覚醒型不眠症(n = 15; 1.8%)でした。悪夢に関しては他のオレキシン受容体拮抗薬とのオッズ比が2.35であり、既存薬よりも高い頻度で起きそうです。ただし、異常な夢については既存薬との有意差はないとのことです。
また、悪夢と合併する副作用としては、薬物無効(n = 32; 21.9%)、幻覚(n = 10; 6.8%)、持ち越し作用(n = 8; 5.5%)がありました。他のオレキシン受容体拮抗薬でも悪夢があると睡眠の質が悪くなるように自覚され結果的に睡眠薬としての効果は不十分と自覚されるため、薬物無効が挙げられるのは納得です。また、当然といえば当然ですが、悪夢を見た場合にダリドレキサントを中止すると悪夢が消失したものが殆どでした。また頭痛の頻度がダリドレキサントで7%, 他のオレキシン受容体拮抗薬で4.7%、オッズ比が1.52とややダリドレキサントでの頭痛頻度が高そうな部分が気になるところです。
以上のように、やはり新薬とはいえ、オレキシン受容体拮抗薬で特徴的な(とはいえ他のベンゾジアゼピン系でも出現しえますが)悪夢からは逃れられないようです。
ではあまり新薬に期待できないのかといえばそんなことはなく、睡眠の質が悪い、という項目については既存のオレキシン受容体拮抗薬よりはダリドレキサントの方が頻度が少ない、つまりダリドレキサントの方が睡眠の質がよくなっていると報告されています。
このように色々と述べましたが、あくまでアメリカからの報告であること、また医療機関や専門職からの報告をまとめたデータではないということに注意が必要ですし、新しい薬に対しては小さな副作用についても報告が上がることが多いといった傾向もあるようなので、もしかしたら悪夢が多いという報告もそういったことによるかもしれません。これが発売された暁には当院では・・・もちろん患者さんからの希望があれば処方しますが、これからの日本人を対象にしたデータで悪夢の頻度のデメリットを上回る何かがはっきりしなければ積極的には処方しにくいかな・・・といった感想です。以上、神戸市東灘区の心療内科から最新の睡眠薬についてのご報告でした。