神戸市東灘区のうおざき駅前心療クリニックです。生物学的年齢(Epigenetic Age)を知っていますか? まだあまり聞きなれないマイナーな単語ですが、肌年齢や、血管年齢などは聞いたことのある方も多いと思います。暦年齢(実年齢)ではなく、組織や細胞の状態から年齢を測定しようというものです。あの人は実際の年齢より肌が若く見える、などのように感覚的に判断するものではなく、採血してDNAメチル化などという分子生物学的な項目を調べることで生物学的年齢(Epigenetic Age)が判別できるようになっているとのこと。これが発展すればアンチエイジングがもうちょっと具体的に分かりそうで興味深いですね。
精神科なのに、なぜ突然生物学的年齢などと言い始めたかというと
短時間睡眠や不眠症などと生物学的年齢には関係があるのか??
という報告を見かけたからです。アメリカのロサンゼルスから報告されたもので、56~100歳の3795名について、不眠症状のある方、睡眠時間が短い方の生物学的年齢が調べられています。
生物学的年齢(Epigenetic age)とはなんぞやは上記に述べましたが、色々な種類があるようです。年代を予測するために作られた第1世代のものや、加齢のあらわれ方や疾患のなりやすさ、死亡リスクを反映する第2世代のGrimAgeやPhenoAgeや、第三世代のDunedinPACEなど、様々なものが開発されています。DunedinPACEはニュージーランドのDunedinで行われたコホート研究から開発されたもので、内臓の機能を指標として老化スピードを示す指標だそうです。
この報告によるとGrimAgeは不眠症状では0.49年、短睡眠は1.29年、DunedinPACEは不眠で0.018、短睡眠では0.022進んだと報告されています。また、不眠症状も短睡眠も両方あるとGrimAgeで0.97年、DunedinPACEで0.032すすんだとのこと。この数字の感覚がわからないので、どれくらいのインパクトがあるのかわかりませんが、少なくとも不眠を自覚していて実際に睡眠時間が短いと生物学的年齢がより進んでしまうようです。
65歳以上の方の2人に1人は睡眠に何らかの問題を生じ、10-25%の人には睡眠障害をきたすと言われています。アメリカ睡眠医学アカデミーthe American Academy of Sleep Medicine(1975年設立)や睡眠研究会Sleep Research Society(1961年設立)では7-8.5時間の睡眠が推奨されていて、6時間より短いもしくは9時間以上の睡眠は健康に良くないとされています。
この報告以前には、閉経した女性で短時間睡眠の方、夜間授乳のため睡眠時間が削られてしまう女性、睡眠時間の短い大学生で生物学的年齢が進んでしまうことが報告されているようですが、いずれも第一世代の生物学的年齢を用いたものだったとか。この報告はDunedinPACEという新しい世代の生物学的年齢を用いているところに新規性があるようです。
この報告でとりあつかうデータは、アメリカのエイジング研究所が出資しているHealth and Retirement Study(HRS)という調査のものです。アメリカの56歳以上の男女4018人について調べています。平均の暦年齢は68.6歳で、53.8%が女性と男女比はほぼ1:1です。人種的には、白人が78.0%、黒人が10.1%と続き、太り過ぎの方が37.1%、肥満の方が35.8%とアメリカらしく肥満体型の方が3分の1以上とかなりの割合を占めているため、日本とはかなり状況が異なります。睡眠時間については、6時間より短い短時間睡眠群、6~7時間の少し短い睡眠群、7~8.5時間の健康的な睡眠時間群、8.5時間以上の長い睡眠群の4つに分けられています。不眠症の有無については「入眠で困るなと感じるの頻度はどれくらいですか?」「夜間目覚めて困る頻度はどれくらいですか?」「朝起きたときにしっかり休めたと感じるののはどれくらいですか?」に対する答えや不眠症状スコアなどといったものを利用して評価しています。そのため、不眠症だから睡眠時間が短いとも限らず、入眠には困っているけど8時間睡眠している人もいることになります。
睡眠時間が6時間未満で不眠症状に悩む人は特に健康を損ないやすいと言われているため、7-8.5時間睡眠の健康的な睡眠状況の方とそうでない人とを比較しました。睡眠状況のわかる3773名のうち、799名(21.1%)が常に休まらない、もしくは少なくとも一度は中途覚醒があるという不眠症状をきたしていました。ベッドにいる時間は平均7.8時間。10.3%にあたる290名が6時間未満の短時間睡眠で、14.8%が6~7時間、39.5%が7~8.5時間、35.9%が8.5時間以上と長時間睡眠と続きます。3.5%にあたる98名は短時間睡眠かつ不眠症であり、6.8%は短時間睡眠、6.5%は不眠症状はあるが6時間以上睡眠であり、健康的な睡眠状況にある方は32.5%でした。不眠症(睡眠障害)にせよ短時間睡眠にせよ長時間睡眠にせよ、何かしら問題を抱えている方が68.5%とおよそ3人に2人の割合でいらっしゃるので、かなりたくさんの方が睡眠に悩まれていることになります。
考察
短時間睡眠と不眠症状は単独でも組み合わせでもGimgAgeとDunedinPACEのどちらにおいても生物学的年齢を進めてしまうことが分かりました。それはつまり睡眠時間が短かったり不眠症状があると生物学的に老化が早く進んでしまい、死亡率があがったり病気になりやすくなるということになります。GrimAgeの元となるバイオマーカーのうちDNAm-based PAI-1は心血管系疾患や代謝系の疾患に、GDF15はミトコンドリアの機能低下や炎症に、B2MとシスタチンCは炎症と腎機能や認知機能や心血管系疾患に関連します。また、人種間の比較もされており、黒人やヒスパニックでは影響が強いなどとされていました。寝過ぎも生物学的年齢を上げてしまうようで、長く寝すぎると死亡率も心血管疾患も認知機能低下もきたすとのことです。ただこれに関しては純粋に寝すぎが悪いのではなく、寝すぎの方は既に何かしら健康上の問題があるから長く寝ている可能性があり、長時間睡眠になる理由として、睡眠の質が悪いのかもしれないと考察されていました。やや本報告の主題からはずれますが、夜の交代勤務はガンや加齢で起こる疾患のリスクを上げるそうです。また、肥満の有無もそれなりに大きな影響があったようですが、この結果を揺るがすほどではなかったようです。肥満そのものが睡眠時無呼吸症候群などで睡眠を悪化させることが原因と考えられていますし、睡眠時無呼吸症候群を治療することで生物学的年齢が少し巻き戻るという事が知られており、体重を適正に保つことも重要と考えられます。ですが、やはり睡眠障害や不眠症の治療を行うことが生物学的年齢を下げることにつながり、その結果死亡率や他の病気のリスクを下げるかもしれないとのことで、やはりよい睡眠は万能薬になるといえそうです。
感想
お肌と不眠症の直接の関係を示す報告ではなかったものの、生物学的年齢は代謝や炎症の指標を参考に作られていますし、そもそもいわゆる実年齢的なものの反映ですから、不眠症はお肌に悪い、は正しいのだろうなという感想です。また、生物学的年齢というものを知り、理解する上でちょうどよいきっかけになりました。そもそもしっかり眠る人は健康的で若く見えるといったような事は(それこそ肌感として)知っているものの、このように数値で示されるのは興味深いものです。暦年齢は取ってしまうともうどこにも返せないものですが、生物学的年齢はそうではなく、生活習慣の改善により下がることもあるようです。不眠症に悩み、睡眠時間が短くなると目の下にクマができるなど、外見上に歳を取ったように見えることもあります。ただ、その後しっかり睡眠を取ることでその影響から開放され、より若返ったかのように見えるということもあるでしょう。そのような外見上、主観的に判断される「若さ」というものが採血によって客観的な数値で示すことができるということは興味深く、当院でも測定してみたくなってしまいます。ただ、その結果が分かったとしても治療には直結するわけではないと(少なくとも現時点では)思われ、自己満足的な検査になりそうなので自費診療となるでしょうし、そもそも当院で測定できるかどうかが分からず方々に問い合わせが必要なので、ゆったりと調べてみようと思います。